コウノ アスヤ(です。

トレイラーを見ただけで購入が確定するタイプのゲームがあります。そのオーラに圧倒されるというか、こまかい仕様とかゲーム性とかどうでもいいから、とにかくこの世界を体験したいみたいな気持ちが溢れてくるヤツです。「バウンド 王国の欠片」もそのうちの一つ。一度トレイラーを目にしたその瞬間から、僕の「これ絶対面白いだろアンテナ」に引っかかり、発売をまだかまだかと待ちわびていました。

遊び終わった今、このように叫びたい。

名作!!!!!!!

バウンド 王国の欠片

バウンド 王国の欠片は、現代美術とダンスを融合した奇妙な世界観が特徴的なアクションゲーム。子供を身ごもった女性が、幼い頃のトラウマを思い出しながら、内面世界でそのトラウマに再度立ち向かっていくというストーリー。え、妊婦?トラウマ?あまり聞かないワードに耳を疑いますよね。ましてや、トレイラーだけで僕を魅了するほどのアートワーク。遊ぶ前からわくわくが止まりません。

空気すら感じる内面世界の美しさ

まず遊んでみて感じたこと、それは「狂気すら感じる内面世界の描写」です。

物語は、海辺に佇む妊婦のシーンから始まる。物語は、海辺に佇む妊婦のシーンから始まる。

オープニングは、海辺に佇む妊婦のシーンから始まるのですが、その妊婦が手にした絵日記には奇妙なイラストが。そこから入り込んでいく、内面世界の描写には思わず息を飲みました。

美しい光景、スケール感に息を飲む。美しい光景、スケール感に息を飲む。
光の表現や、空気感が素晴らしい。光の表現や、空気感が素晴らしい。
景色によっては、気持ち悪いとすら感じることも。景色によっては、気持ち悪いとすら感じることも。

気持ち悪い!怖い!けど、なんか壮大で綺麗。

不思議な世界観で「姫」と呼ばれた主人公は、「女王」に言われるがまま、王国を破壊する怪物をなんとかするために冒険します。はじめのうちは、女王って何者なの、怪物ってなんなの!なんで自分は姫なの!とわからないことだらけですが、とにかくグラフィックが綺麗なので、ぐいぐい遊べます。

王国を統べる女王。その姿は凶々しい。王国を統べる女王。その姿は凶々しい。

「攻撃」の代わりに「踊る」

このゲームの特徴は、「攻撃」という概念が無いかわりに「踊る」というアクションがあることです。

様々なダンスを踊ることができるのが、このゲームの特徴。様々なダンスを踊ることができるのが、このゲームの特徴。

□ボタンでダンスを舞い、さらにR2を押しながら各ボタンを押すことで、「姫」は様々な踊りを踊ります。バレエだったり、ジャズだったり、まぁダンスについて詳しいことはわかりませんが、その踊りがとにかく美しい。ボタンを押したときだけじゃなく、走る、ジャンプ、縄を登る、起き上がる、着地する、様々な挙動にダンスの概念が取り入れられていて、キャラクターを動かすだけで見惚れます。

ロープを登り降りする挙動ですら、美しい。ロープを登り降りする挙動ですら、美しい。

このゲームにわかりやすい敵は出てきません。変なオブジェクトが謎にまとわりついてきたりする程度。そういう謎のオブジェクトに対して踊ることで、振り払うことができます。

このゲームにおける、「敵」は、謎にまとわりついてくる不思議な物体たち。踊ることで振り払える。このゲームにおける、「敵」は、謎にまとわりついてくる不思議な物体たち。踊ることで振り払える。

トラウマを克服する、とはどういうことなのか

トラウマを克服する、というのが、このゲームの目的だそうです。トラウマとは、いったいなんなのでしょうか?

Wikipediaによると

トラウマとは、外的内的要因による衝撃的な肉体的、精神的な衝撃を受けた事で、長い間それにとらわれてしまう状態で、また否定的な影響を持っていること

だそうです。

トラウマを表現した禍々しい世界。トラウマを表現した禍々しい世界。

このゲームにおいては、間違いなくトラウマとなっているのは幼い頃の思い出。それも、母親と父親とのものでしょうね。妊婦の手にした絵日記や、内面世界に登場する「王女」「怪物」は紛れもなく、母親と父親。その構図は、明らかに妊婦の幼い頃の環境そのものだと、遊んでいるうちに気づきます。

異様な姿をした「女王」と「姫」を描いた絵日記。各 ステージはこの絵日記が元になっている。異様な姿をした「女王」と「姫」を描いた絵日記。各
ステージはこの絵日記が元になっている。

内面世界は、絵日記の各ページとリンクしていて、幼い頃のいろいろな思い出を再現したものになっています。王女、怪物の言動や行動を見るに、おそらく妊婦は、母親と父親の間でかなり怖い思いをしていたのだと思います。そんな状態であれば、母親は家庭という王国を統べる傲慢な王女に、父親はそんな王国で暴れまわる怪物に見えていたはず。それをトラウマとし、内面世界に抽象的なデザインで表現してある、ということになります。

王国で暴れまわる怪物は「父親」のメタファーか。王国で暴れまわる怪物は「父親」のメタファーか。

なんて設計なんだ、と感心しました。

この作品はゲームなので、トラウマの世界を冒険し、悪夢に立ち向かうのはプレイヤー自身になります。誰にだって幼い頃の怖かった思い出というのはあるはずで、そういう思い出は得てして、実際よりかなり湾曲した記憶になっているはず。遊んでいると、たしかに幼いころの怖い記憶って、悪夢って、こんな感じなのかも…みたいな気持ちになってきます。

ステージの終わりには、そのステージの元になった記憶が具体的に示される。ステージの終わりには、そのステージの元になった記憶が具体的に示される。

けど、そういう記憶って、成長してから振り返ってみるといい思い出だったり、そうじゃなくても、大切で美しいものだったと気づくこともあります。そんなことを考えてしまって、ゲームの中で「姫」が「王女」と「怪物」の間で揉まれながらも、悪夢に立ち向かい、内面世界を克服していく姿に心を打たれてしまいました。悪夢なんていってすまん、このトラウマな世界、めっちゃ美しいやんけ。

力強くてピアノの旋律が美しいサウンドトラックもあいまって、ステージをクリアする(トラウマを乗り越える)たびにグッとくる演出に心を打たれました。

フォトモードの意義

フォトモード、というシステムにも言及しておきましょう。このゲーム、プレイ中にタッチパッドを押すと、時間が止まり、カメラワークや色味を自由に編集して、好きなようにスクリーンショットを撮ることができるのです。

フォトモード。自由にアングルを変えられる上に、露光量やボケ具合までおもいのまま。フォトモード。自由にアングルを変えられる上に、露光量やボケ具合までおもいのまま。

もちろん、昨今のSNS需要に対する機能であることは間違いないですが、深読みするとこの機能は「どんなに怖く暗い思い出でも、人によって、切り取り方によっては美しい景色となる」というクリエイターの思いが反映されているような気がしてなりません。景色が綺麗だなぁとフォトモードで写真を撮っている自分に気づいた時、そんなことを考えてしまって余計に感動してしまいました。

ちなみに、この記事に使っている画像は全て、自分でフォトモードを使って撮影したものです。

もはやアートに近い

このグラフィック表現と世界観は、現代アートと呼んでも過言ではない。このグラフィック表現と世界観は、現代アートと呼んでも過言ではない。

わかりやすいボスもいないし、敵もいない。明白なストーリーもないし、ご褒美もない。けれど、記憶とは、成長とはなにかを感じてしまったし、なにより、過去のトラウマ(悪夢)が、成長によって美しい思い出に変わっていくのを体験できたのはよかったです。

ゲームという枠を超えて、僕はもはや「バウンド:王国の欠片」は、ある種アート作品に近いものを感じました。ものは違いますが、この読後感は「風ノ旅ビト」に近いかんじかなぁ。後日PSVR対応もされるということで、今からでもぜーんぜん遊ぶのに遅く無い名作です。

静かで美しく、心に響くゲームでした。おすすめでっす!

バウンド:王国の欠片 公式サイト