今日も超ゲームウォーカーにお越し下さってありがとうございます。コウノ アスヤ(です。

「ゲームは総合芸術である」という言葉があります。絵、音楽、技術、そしてインタラクション。ゲームをあらゆる要素が交ざりあった一つの「作品」としてみるならば、クリエイター上田文人さんのゲームは間違いなく「芸術作品」であると言えます。彼のゲームからは、個性、問いかけ、そして対話というテーマを読み取ることができます。

人喰いの大鷲トリコ

人喰いの大鷲トリコは、ソニー・インタラクティブ・エンタテインメントから2016年12月6日に発売されたアクションゲーム。ICO、そしてワンダと巨像というゲーム史に残る名作を生み出してきたゲームデザイナー「上田文人」による最新作で、人喰いと恐れられる「大鷲トリコ」と、一人の少年の触れ合いと冒険を描いています。

トリコが初めて僕らの目に入ったのは、2009年のE3。じつに7年前。7年間のあいだ、プラットフォームを変え、会社を変え、チームを変え(笑)、トリコは作られてきました。ICO、そしてワンダと巨像をプレイしてその魅力に魅了されていた僕は、(間の数年は存在を忘れていたけれど)その発売をずっと待ちわびていたゲームでもあります。

そしてついに!発売された!発売いぃぃ!!ひゃっほぉぉぉぉぉおおおおおお!待ってたぜぇええええ!!!!

こだわりを感じる素晴らしいゲーム

まずこの「人喰いの大鷲トリコ」というゲーム、とても素晴らしいゲームです。長すぎず、短すぎず、10時間前後で丁度良いプレイ時間のなかに職人芸がギュっと詰まってます。

「大きな動物がそこにいる」というリアルな感触。「大きな動物がそこにいる」というリアルな感触。

なんといっても、「トリコ」という大鷲の実在感。どこかを向く、歩く、走る、飛ぶ、いろんな挙動のモーションが丁寧に作られていて、本当に動物のそれっぽくてAIな感じが全然しません。加えて、トリコの動きは前提的におそーく作られていて(特撮みたいなアレ)、それによって巨大な物体があちらからこちらへ動く感じがよく出ていて、「うぉ、でけえ」感がちゃんと出ている。「ゲーム中のAIで動く巨大な生き物」としては、ゲーム史上トップレベルだと思います。

少年の挙動、光の表現、空気のかすみ…圧倒的な環境表現。少年の挙動、光の表現、空気のかすみ…圧倒的な環境表現。

トリコ以外の表現も緻密でした。少年が動いた時の些細な挙動、暗い場所明るい場所の退避、光の反射、空気の霞。環境表現へのこだわりによって生まれる「いま、まさにそこにいる感じ」はさすがで、前述したトリコの実在感と相まって、プレイ中の没入感が半端なかったです。

余白で語るストーリーテリング

上田ゲーの魅力の一つが「多くを語らず、かつどこか切ないストーリー」であることは明白です。それは今作もバッチリ健在でした。なぜ少年はトリコとともに冒険することになったのか?トリコとは何者なのか?少年はどこへ帰るのか?言葉を多くせずとも、情報を並べなくとも、自然に、そして静かに美しく物語を語っていく上田さんのセンスには毎度惚れ惚れします。美しいゲームとは美しいストーリーにあり。

回想という体で語られていく物語。語りとチュートリアルのバランスも見事。回想という体で語られていく物語。語りとチュートリアルのバランスも見事。

ただ、オチが少し読めてしまったというか、予想の範囲内に収まってしまったことだけが、すこし残念でした。

シリーズに通ずるテーマ「他者」

ICOやワンダと巨像から、僕は勝手に「言葉の通じない他者とのコミュニケーション」というテーマを感じ取っていましたが、今作もそのテーマ性は一貫して存在していたように思います。

PS3版ICO。言葉の通じない、幻想的な少女「ヨルダ」PS3版ICO。言葉の通じない、幻想的な少女「ヨルダ」

ICOではヨルダと、ワンダでは巨像(を通して、眠りの少女)と、そして今作ではトリコと。上田さんがゲームをアートとも捉えていることは有名ですし、アートとは自分から他者への問いかけ、つまりコミュニケーションであるのだから、毎回変わらない上田ゲーの構造もうなづけます。次回作があるとすれば、また主人公と「何か」のコミュニケーションが軸となるはず。その相手が、複数になる可能性も高いと思います。

序盤と終盤で、トリコとの関係性は変わっていく。序盤と終盤で、トリコとの関係性は変わっていく。

今作における「他者」の特徴は、その対象が、トリコという巨大で凶暴で、理不尽で躍動的な生き物であること。ゲームであるからそれがAIで動いているという意識からは逃れることができませんが、はじめは疑心や恐怖を感じるトリコに対して、プレイを進めるについれて信頼、安心という感情を感じるように変わっていく感覚は最高でした。

ゲームとしての調整不足

キャラクターやゲーム内の世界の実在感がすごいだけに、細かいバランスの調整不足を感じるシーンが多かったです。特に顕著なのがトリコの(ゲームとしての)挙動。動物的なAIは素晴らしかったんですが、ゲーム的なAIの方にはストレスを感じることが多かったです。来てほしいところに来てくれないとか、してほしいことをしてくれないとか、なぜか元の道のりに戻っていくとか。ゲームの仕組み上、そこはスムーズにできないとダメでしょ、というところでトリコが意味不明な行動をとり始めるのは、意図的ではないですよね?笑

(ICO+ワンダ)÷2

以上の点を踏まえると、ゲームとしての完成度は非常に高水準であることは間違いないし、遊ぶ価値のあるゲームであると言えます。なんですが、実際のところ、ここまで述べたほぼすべてのポイントは、ICO、ワンダと巨像という偉大な2つの過去作で表現・達成されていたものが大半です。

遺跡からの脱出というモチーフ、そして言葉の通じない他者との触れ合い、そして互いの距離感の変化は完全に「ICO」のそれですし、巨大な物体の存在感とそこから感じる恐怖と安心、そして哀愁は完全に「ワンダと巨像」のそれでした。過去2作を踏まえた3作目という立ち位置、周りからの期待、そしてゲームとしての順当な進化を考えると、「まぁ、こうなるよねー」という感想を抱かずにはいられませんでした。

「遺跡を探索」というモチーフはシリーズ共通「遺跡を探索」というモチーフはシリーズ共通

ICOで名をあげた上田さんとしては、どうしても「ICO的なゲーム」を求められてしまうのは仕方のないことだと思いますが、それはまるで呪いのようになって上田ゲーを縛り付けてるように思います。ワンダと巨像は、そんな呪いの中で、天才的なクリエイティブで奇跡的な進化を遂げて、ICO的でありながら新しい体験を僕らに与えてくれました。「ICOに呪われた名作、ワンダと巨像」そして、そんな過去2作という鎖に縛られた最新作「人喰いの大鷲トリコ」。次回作があるとするならば、できることなら、羽を伸ばして自由にゲームを作ってもらいたいな、と思わざるをえません。

あえてポジティブに捉えるなら、初めて上田ゲーを遊ぶ人にとっては、上田イズムの上澄みを楽しむことができるいいとこ取りなゲームであるとも言えますが。笑

7年というハードル

やはり、7年という月日が、上田さんと、そのゲームに対するハードルをあげてしまったことが大きい気がします。無名のスタジオがこのゲームをインディーゲームとして出していたら評価はどうなっていたか想像に易い。ただ、基本的には素晴らしいゲームだし、遊ぶべきゲームであることは間違いないと思います。PS4を持っているなら絶対に遊ぶべきです。

PS4を持ってない人が、本体を買ってまで遊ぶゲームかと言われると、言葉を濁させてくださいませ。