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ゲームだから表現できる心の機微─1人の少女の半生を追体験する「Florence」レビュー

ゲームという娯楽は往々にして、剣と魔法で世界を救うか、重厚な兵器で戦闘を繰り広げるものだ。あるいは、牧場を経営したり、ピクセルワールドで創造性を試されることもあるかもしれない。そして、そのどれもが、現実では味わえない達成感や感動、視聴覚的な気持ち良さを楽しむものであり、それらなくしてゲームは語れない。

では、そのどれもがないゲームがあったら、それはゲームだと言えるだろうか?

Florenceは、ゲームという娯楽のあり方に別の可能性を提示する作品だ。僕たちが日頃楽しんでいるゲームという娯楽の枠からは大きく外れているにも関わらず、そのチャレンジがプレイヤーにもたらす体験は、とても興味深いものになっている。

過ぎてゆく日常と恋を描く、ヒューマンドラマ

フローレンス・ヨー、25歳、女性、独身。

幼い頃は絵描きを目指していた彼女だが、今は経理OLとして毎日のルーチンワークに身を任せて生きている。彼女はある日、自宅の掃除中に1枚の絵を発見する。その絵は、7歳の時の自分が、その無垢さと無邪気さで活き活きと描いた帆船の絵だった。それをきっかけにフローレンスは、今に至る自らの18年間を振り返ることになる。

インタラクティブ・ストーリーブック

毎朝の退屈な’「歯磨き」でさえ、ミニゲームとして体験させられる。

Florenceは、主人公の少女フローレンス・ヨーの半生を、素朴なイラストと美しい音楽で追体験していく「インタラクティブ・ストーリーブック」である。プレイヤーは1人の少女の日常と、そこに潜む些細な心の機微─幼少期と夢、進学と出会い、恋、そして別れ─を、シーン毎に挿入される簡単なミニゲームを通して、文字通り「体験」していく。

一部の選択肢を除いてテキストやセリフが使われない「ノンバーバル・ゲーム」ではあるが、殆ど使い回されない数多くのミニゲームによって、テキストなしに理解し、読み進めることができる。

本作は、2014年のApple Design Awardを受賞した名作パズルゲーム「Monument Valley」のリードデザイナーであるKen Wong率いるゲームディベロッパー、Mountainsの処女作でもある。Mountainsのメンバーにはアニメ調2Dアクションゲーム「Cuphead」のTony Coculuzziなども名を連ねており、輝かしい経歴と確かな実力によって(少しばかり経歴贔屓な気もしてしまったが)華やかにデビューを果たしている。

ゲームだからこそ可能になる、強い感情移入

一言でいうと、Florenceは「ゲームという媒体の性質を巧みに入れ込んだ、触れる絵本」である。

本作が「インタラクティブ・ストーリーブック」という珍しいラベリングをされている所以は、この作品を一度体験してみるとよく分かる。ゲームと呼ぶには静止画によるストーリーテリングの割合が高く、かといってコミックと呼ぶには画面がよく動き、美しい音楽も添えられている。作品が物語を提示し、こちらが操作することで完成し、次に進む。まさに「双方向のストーリー」であり「対話式の絵本」なのだ。「インタラクティブ・ストーリーブック(相互に作用する絵本)」というラベリングは、とても腑に落ちる。

ライター・評論家のさやわか氏は、著書「僕たちのゲーム史」において、ゲームという娯楽を「ボタンを押すと反応するもの」と定義した。これは言い換えれば、「プレイヤーが操作しないと、先に進まないもの」と解釈することもできる。ゲームというものを、娯楽のジャンルとしてではなく、作品の性質、ストーリーテリングの手法として捉え直すと、これほど「鑑賞者を強制的に介入させる」やり方は他にない。

毎朝なにげなく歯を磨いている時の気だるさ、通学中の無気力感、魅力的な異性に心奪われた瞬間、時間が止まって世界がグルグルする感覚─こういった何気ない行動や瞬間を切り取ってミニゲームにすることで、言葉にし難い心の機微を明示的に語らずにプレイヤーにそのまま体験させるというやり方は、まさにゲームにしかできないストーリーテリングであり、感情移入を促す最適の手法である。

会話における心の機微を、吹き出しのパズル、そしてピースの大きさと形で表現している。

なかでも、チェロ弾きを目指す青年クリシュと出会ってからの、フローレンスの内面描写には目を見張るものがあった。ミニゲームの内容も含めてストーリーを楽しんでもらいたいので詳しい言及は避けるが、恋愛における心の迷いや気遣いといった感情を、見事にミニゲームでインタラクティブに表現しているところは感嘆の一言に尽きる。

音楽の使い方も秀逸

手書き風の柔らかいイラストに目を奪われがちな本作だが、プレイ中に流れるサウンドトラックも非常に美しい。各シーンにおけるフローレンスの心の動きを、楽器とメロディで見事に表現しているサウンドトラックになっている。

特に、クリシュが路上で演奏していたチェロの音色が遠くから聞こえてくるシーンでは、環境音としてのチェロの音と、BGMとしてのチェロの旋律が徐々にクロスオーバーしていく。フローレンスの感情の高まりを見事に表現している名シーンなので、こちらもぜひ、プレイ動画や口伝ではなく、実際にプレイヤーとして体験してほしい。

ゲームの可能性を感じる一本

Dear Estherなどのウォーキングシミュレーターの台頭に見られるように、ゲームという娯楽は、その性質を改めて見直すことで、今までとは違ったストーリーテリングをもたらすことがある。もちろん、剣と魔法で世界を救うのも素晴らしい体験の一つだが、Florenceのような、物語の語り方や作品のあり方としてゲームという手法を選ぶ作品も、僕は積極的に応援していきたい。

ただ、基本的には諸手を上げて賞賛したい本作だが、強いて言うなら1時間ほどのプレイ時間で360円という値段設定が少し割高に感じてしまったことは隠さないでおこう。特に、基本無料のスマホゲーム等に慣れている人にとっては、より割高に感じるかもしれない。しかし、その壁を乗り越えるに値する作品であることは間違いない。

絵本を読むような感覚で最後までプレイできるので、とても裾野が広いユニバーサルな作品として、普段ゲームをしないような人たちにもオススメできる一本だった。

ぜひ、柔らかいイラストと美しい音楽に包まれながら、フローレンスの淡い恋と心の機微を、ゲームとして味わってみてほしい。

Florence

360円
(2018.03.10時点)

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posted with ポチレバ

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この記事を書いた人

asuyakono

コウノ アスヤ

1992年生まれ、岡山県出身。武蔵野美術大学デザイン情報学科を卒業した後、都内でデザイナーとして活動中。小さい頃からゲーム好きで、四六時中ゲームのことを考えている。

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