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サイバーパンクでバーテンダー「VA-11 Hall-A(ヴァルハラ)」は、酒の席に潜むリアリズムでプレイするものを魅了する

「飲み物とおつまみを用意して、リラックスした状態でプレイしてください」

後にも先にも、タイトル画面でこんなことを言うようなゲームは「VA-11 Hall-A(ヴァルハラ)」だけだろう。もちろんこのテキストは、バーテンダーとして客にカクテルを提供するという、このゲームの内容ありきのものだが、それでも、言われた通りに飲み物とつまみを用意し、ソファに持たれながら(なんなら部屋の明かりも少し暗くして)ゲームを始めると、なるほど、確かにこのゲームはグラスを片手にゆっくりとした時間とともに細かな妙を味わうものなのだと思い知らされる。

サスペンスやスペクタクルを期待してプレイするようなものではなく、居酒屋やバーで隣の客の会話にこっそり相槌を打つような背徳感、飾り気のない他人の人生を垣間見たかのような満足感を、アルコールとともに楽しむようなゲームだ。この快感は、ドリンクの香りや飾り付けと味、そしてなにより、その場の空間と時間をゆったりと楽しむ「バー」のそれと全く同じであることに、遊び終わった今になって気づく。このゲームは、良いぞ!大人の味がする。

サイバーパンク・バーテンダー・アクション

207X年、財閥企業が政府よりも影響力を持ち、そのテクノロジーによって統制された管理都市グリッチシティ。すべての市民の体内に監視用のナノマシンが注入され、リリムと呼ばれるアンドロイド達が人間社会に溶け込み、階級社会によって街は上層と下層に分断されている。名作「ブレードランナー」や「攻殻機動隊」を彷彿とさせるサイバーパンクな世界で、プレイヤーは下層の片隅で営業するバー“Va-11 Hall-a(ヴァルハラ)”の女性バーテンダー「ジル」となり、入れ替わり立ち替り店に訪れるグリッチシティの住人を相手に、彼らへ会話の時間とカクテルを提供していく。

ディストピア感漂う、サイバーパンク都市「グリッチシティ」
バー ”ヴァルハラ” のバーテンター「ジル」

公式サイトではサイバーパンク・バーテンダー・アクションと記されているが、その実態はボタンで会話を読み進めていくシンプルなアドベンチャーゲームであり、アクション要素は一切ない。会話の最中に差し込まれる客からのオーダーに対し、プレイヤー=ジルは、用意されたレシピを参照しながら、エキスを調合してカクテルを提供していく。この時に、提供するカクテルがオーダー通りかどうか、客の好みだったかどうかで物語が分岐していくところがこのゲームのユニークなポイントだ。

客からのオーダーは、わかりやすいものから、謎かけめいたものまで個性豊かだ。

作るカクテルは名前の頭文字や味、種類から検索できる。カクテルの名前や説明とともにレシピが表示されるので、それにしたがって画面右側でミックスするだけだ。うまく提供できれば、客は上機嫌になったり、ジルを褒めてきたりする。「いつもので」みたいなオーダーに、自分の記憶を頼りにしながらミックスしたカクテルを提供し「これこれ、わかってるじゃねえか」と褒められた時に、このシステムの旨味を理解できる。バーテンダーになりきり、その気分の片鱗を味わうことのできる楽しいシステムだ。

画面の左側でレシピを確認し、右側でカクテルをミックスする。

また、ヴァルハラの店内で流すBGMは、用意された楽曲の中からプレイヤーが自由に選択できる。選んだ楽曲がシナリオの分岐などに影響することはないが、その日の気分や自分の好みによって店内のムードをコーディネートするいう意味においては、「好きな曲をかけて遊べる」というゲームシステムはシナリオと非常に親和性が高い。

バーでかける音楽(BGM)を自分で決められるシステム

本作のサウンドトラックは80〜90年代のシンセサウンドを模倣したいわゆるVaporwaveライクな楽曲になっていおり、サイバーパンクな世界観、PC-98風のレトロなアートワークと非常にマッチしている。楽曲単体のレベルも非常に高く、思わずBandcampでサウンドトラックを購入してしまった程だ。

会話劇を駆使した圧倒的リアリズム

ヴァルハラには、多くのキャラクターが入れ代わり立ち代わり現れる。「ゴシップ系ウェブメディアの編集者」「巨乳で美人の凄腕ハッカー」「準警察機関『ホワイトナイト』の従業員」といった、いわゆる「人間」に止まらず、「しゃべる犬」「娼婦のリリム(アンドロイド)」「瓶詰めの脳(文筆家)」といった人間ならざる者まで、そのバリエーションは「さすがSF、これぞサイバーパンク」と言わしめんばかりのバリエーション。

ヴァルハラに訪れる、変化に富んだ客たち。

ベネズエラのインディーゲームディベロッパーSukeban Gamesは、この魅力的な世界観を生み出しながらも、ゲームのほぼ全編をヴァルハラの店内に終始させた。ジルが仕事を終えた後に帰宅する「自宅」と、そこから買い物に出むく「キオスク的なお店」も一応は存在するが、シナリオのほぼ全てが、ヴァルハラの店内で完結する。

出勤前にアイテムを購入できる、JC ELTONのお店

それなのに、飽きることなくテキストを読み進められるのは、変化に富んだ客たちと、冷静で客観的な態度を崩さないジルの会話が、ウィットと示唆に富んでいるからだろう。ヴァルハラに訪れた客たちは、それぞれ思い思いに喋り散らかしていくので、こちらは毎度毎度「また変な奴が来たよ」「今度はどんな会話が繰り広げられるんだろう」と、読み進める手が止まらないのである。

自宅では、スマホを使ってネット上の記事や掲示板を眺めることができる。

ただ会話が楽しいだけではない。彼らの会話の端々には、このサイバーパンクな世界の詳細を感じさせる台詞が多く仕込まれている。「どんな組織があり」「どういう人たちがいて」「何が悩みの種なのか」そういった情報を説明的に明示するのではなく、様々なキャラクターの個人の問題と結び付けて、演繹的に架空の世界を肉付けしていく手法をとっているのが非常にテクニカル。これによって、架空の世界観でありながら、かなりのリアリティーと説得力を生じさせることに成功している。ロシアや香港といった実在する地名が登場することもあり、この世界が自分たちの世界と地続きになっていて、近い未来、こうなってしまう可能性さえもあると感じてしまう。一通りプレイし終わった時には、ほとんどがバーの中でも会話なのにもかかわらず、プレイヤーの頭の中にはグリッチシティという架空の都市が明確にイメージできるようになっているはずだ。

カラッとした猥談が、むしろ心地いい

このゲームには、同性愛やセックスに関する話題がかなり多く登場するのも言及すべきポイントだろう。単に酒の席の話題としての猥談(これはいい意味で本当にひどいのでお楽しみに)で笑わせてきたかと思いきや、レズビアンやゲイ、バイセクシャルといった、エンタメ作品の中では割とセンシティブな性的指向のキャラクターが当然のように登場する。人によっては嫌悪感を抱くような内容かもしれないが、腫れものを扱うようなナイーブな感じではなく、むしろこの世界ではそれが当然かのように扱われているので、とてもカラっとしていて楽しめる。というより、そもそもヴァルハラというゲーム自体が、主人公ジルが、”元カノ”とのトラウマを克服していくストーリーでもあるのだから、全体的に惚れた腫れたが多くなるのは当然の結果だろう。

物語は、主人公ジルの極めて個人的な話に収束していく。

もとより、犬が喋り、人間と瓜二つのアンドロイドが社会に溶け込み、全身が機械化したような人間がいるような世界だ。性に関する話題などは、ごく一般的なものとして馴染んでいてもおかしくない。そしてそういった話題はもちろん、酒の席でこそ爆発する。このゲームには、主人公のジルと、店に訪れる客らとの酒の席の会話を盗み聞きするような面白さがあるのだ。

日本文化へのオマージュ

ところで、このゲームにはYouTuberなどの「実在する概念をモチーフにしたネタ」が多く存在するが、なかでも日本文化への格別なオマージュを至るところに発見できる。アニメ的なキャラクターデザインもそうだし、主人公の自宅に思いっきりコタツがあったり、ヴァルハラの店外がゴールデン街をモチーフにされていたり、MMD(ミクミクダンス)をオマージュしたNND(ニクニクダンス)というものが会話に登場したりする(こういうところからまた、リアリティが肉付けされていく)。

日本風のキャラクターデザインも魅力的だ。

作者の好みが色濃く反映されたといえばそれまでの話ではあるが、日本人としてはなにやら嬉しい。そういったニヤリとできる小ネタを探し出すのも、またこのゲームの楽しいところだ。

秀逸な翻訳

今回、日本語版をプレイしたが、私はこのゲームの日本語版の翻訳者である武藤陽生氏(Minstrel_Bird)にも感謝を示したい。当然のようにテキストを読み、ギャグに笑い、シナリオに感極まっているが、元はベネズエラのディベロッパーが英語で(ベネズエラの母国語はスペイン語)作成したテキストだ。それを、オリジナルの魅力を損なうことなく翻訳するのは至難の技だったように思う。ボイスがなく、テキストとイラストのみの世界なので、こまかい口調や言い回しによってキャラクターやセリフの印象が変わってくるアドベンチャーゲームの世界においては、翻訳の重要性は極めて高い。

翻訳者がツイッターで翻訳作業に関する裏話を投稿していたので、勝手ながらモーメントにしてまとめてみた。時間がある方はぜひ参照してみてほしい。

カクテル作りは、やや単調

世界観やシナリオについて長く述べてしまったが、正直に言うと、ゲームシステムについて褒められる要素は、あまり無い。客からのオーダーをもとにカクテルを調合して提供するという斬新なアイデアは、初めこそ目新しさで楽しめるのだが、索引がしっかりしていることが仇となって、次第に作業感が拭えなくなってくる。もちろん、その作業感でさえ、バーテンダーという繰り返しの毎日を怠惰に感じさせるための演出であると言われればそれまでだとも言えるが…。言われた通りにカクテルを出し続けていると、ある時「私の好きなカクテル、わかるでしょ?」と言われ、「はて…」と悩む瞬間も楽しかったりするのだ。

こだわりと愛を感じる傑作

アートワークで人を惹きつけているが、テキストアドベンチャーとしての秀逸なシナリオがなにより素晴らしいゲームだった。お世辞にも大ヒットしている作品だとは言えないが、それでも、秋葉原で幾つか実際のバーとコラボしたり、ファンアートのコンテストが開催されたりしていて、好きな人はとことん好きになれるゲームだと感じる。Va-11 Hall-aは現在SteamとPlayStaionVita向けに配信中。PC-98を彷彿とさせるレトロなアートワークや世界観に1ミリでも興味が出たなら、是非とも遊んでみてほしい。丁寧な世界観と、それを駆使したテクニカルかつウイットに富んだシナリオに、最後は言葉にならない感動を覚えるはずだ。

Va-11 Hall-a(ヴァルハラ)

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この記事を書いた人

asuyakono

コウノ アスヤ

1992年生まれ、岡山県出身。武蔵野美術大学デザイン情報学科を卒業した後、都内でデザイナーとして活動中。小さい頃からゲーム好きで、四六時中ゲームのことを考えている。

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